奥穂高岳

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「ヒュッテのテラスで逢いましょう」 - 北アルプス 奥穂高岳 -

 2002年8月2日から5日まで、我々「山オヤジ登山隊」は、「日本第3位の高峰」「日本アルピニズムの殿堂」である、奥穂高岳へ向かった。

 今回は、主宰が多忙なため、事前の打ち合わせが完璧に行えないままに出発の運びとなった。それぞれの部員の入れ込み方は異常に激しく修繕部長は、会社を早退。装備実験隊長は、長野県の天気が気になり一日に何度も天気予報を確認し、当日には、就業時間中であるにもかかわらずに客先からそのまま帰宅した。主宰に至っては、架空の商談をでっち上げ一刻も早く帰宅しようとさえ考えていた程である。それぞれに「山オヤジ登山隊 今夏のメインイベント」に胸を膨らませ、待ち合わせ場所である八王子へ向かったのであった。

 今回の山行の行程は、2日の晩に主宰の山小屋に泊り, 3日早朝、沢渡駐車場へ向かい、そこからからバスで上高地に入り、上高地から徒歩で明神、徳沢園、横尾を経て、涸沢でキャンプ泊。翌日、4日に奥穂高岳登頂後、涸沢にもう1泊し、5日に上高地まで降りてくる予定の「2泊3日 憧れの穂高を比較的簡単に登る」奥穂高岳山行の予定であった。

 八王子に集まった我々は、一路主宰の山小屋を目指す。翌日からのつらい山行をものともせず、ビール、焼酎で前祝いを行う。この時に1分1秒でも早く帰宅したい修繕部長より次のような提案があった。「4日の奥穂高岳山頂を踏んだ後に、徳沢園まで降りようぜ。」
 他のメンバーも多少酔いが回った頭と酒の勢いで強気になっており、帰りは屏風の頭を巻く「パノラマルート」を通り下山しようと決定する、確かにこちらのルートを選択すれば帰りの時間は2時間近く短縮可能である。行程の変更を決定して12時30分頃には、就寝する。

 翌日、5時に起床し、前日に準備してあったコンビニおにぎりで朝食を済ませ、5時30分に小屋を出発。一路、沢渡駐車場へ向かう。中央高速を快適に飛ばし、7時15分に沢渡駐車場に到着。この時間なのに結構観光客が多い。ただし、あくまでも河童橋くらいまでの観光客のようだ。各人準備を済ませ、7時30分発のバスに乗り込む。天候は、絶好の登山日和である。釜トンネルを越えると「焼岳」「大正池」が見え、さらに行くと木立の中を走り梓川が見え上高地に来た感じがする。

 8時、上高地バスターミナルに到着。途中、新しくなった小梨平キャンプ場で、水を補給して、涸沢まで出発する。
11時、横尾に到着、昼食はここの食堂で取ることに決めていた登山隊は、途中「枝豆が食べたい」「冷奴が食べたい」 「当然、冷たいビールだよな」等と好き勝手なことをしゃべりながら単調な平坦な道を歩いていた。しかし、そこは当然、山小屋である。ビール以外の「枝豆、冷奴」など在ろうはずもなく「ラーメン 900円」「信州そば 800円」の2品だけであった。主宰、装備実験隊長はラーメンを、修繕部長はそばをそれぞれ食べる。
 11時30分、横尾を出発。横尾は、快晴だが屏風岩方面にかかる雲が気になり始める。本谷橋までは、多少アップダウンがあるものの順調に歩を進める。
 12時30分、本谷橋に到着。30分小休止。このあたりから雲行きが怪しくなる。テントを設営するまで「天気よ、持ってくれ〜っ。」と祈る。
 13時、本谷橋を出発。ここからが本格的な登山道になる。1時間くらい行くと、カールの中央に吹流し、テントが見えてくる。やはりここも北岳と同様に、ゴールが見えている気品の高い山なのだ。当然、明日登る穂高岳連峰も正面にデンと見えている。

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 14時、ヒュッテが近くに見える沢に到着。このあたりからの登りが今日一日の仕上げと言わんばかりに大変にきつい。皆の顔を見ると汗でグショグショである。あえぐようにして、ヒュッテの下に到着する。右に「涸沢小屋」、左に「涸沢ヒュッテ」の看板を右へ登る。すぐにグリーンのテント群が見えてくる。「ふ〜っ。やっと着いたぜ。」これ以上歩きたくない我々は、すぐにテントが2張りはれる場所を探す。
 14時30分、涸沢テント場に到着。この頃、既に頭の中は、テラスの「生ビール」「おでん」で一杯である。「テントは後で張ってすぐにテラスでビール飲みましょうよ。」と言いたかったが、ここはグッと我慢してテントを設営。
 15時30分、ヒュッテにて乾杯。「なっなんと、生ビールのピッチャーがあるではないか。」当然、ピッチャーを選択する山オヤジ隊、一杯では物足らず、「超大盛りのピッチャー」とお替りをする始末。店番もそれに応えるように、泡を少なくしてピッチャーになみなみとビールを満たしてくれた。「ここは、山の居酒屋か?」と勘違いするほどの盛況である。「う〜むっ、金が足りない」。奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳の頂上には、雲がかかり見ることが出来ないが、常念岳、大天井岳、蝶が岳などの表銀座コースはよく見える。

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 16時30分、夕食の準備を開始。本日のメニューは、「鰻ちらし」「ジャーマンポテト」「ベーコン白菜鍋」。今回、初登場の「ベーコン白菜鍋」の白菜は、わざわざ、浦和から担いできたのである。若干しおれている物の、ベーコンの塩味とマッチして大変美味であった。修繕部長が、担いできた「赤ワイン」にて乾杯。
 19時30分、就寝。北岳のことがあったので、羽毛服を着たまま、シュラフにもぐりこむ。夜中、2、3回目がさめるが前回の北岳のような寒さは感じなかった。

 4時、起床。既に、上高地へ降りていく団体がいる。天気は、雲がかかり頂上は見えない。それでも「昼くらいには晴れてくれないかな」と期待する。前日に炊いておいたご飯に「たまごスープ」をいれて雑炊にする。

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 6時、登山案内所にて、下りルートに選択した「パノラマコース」の状況を確認する。「2箇所ほど、雪の上を歩くところがあるが大丈夫でしょう」との返事に、一応安心する。本日の天候「夕方、雨または雷雨」の表示を見る。その後、雪渓の中を歩きながら「ザイテングラード」へ取り付く。途中、チングルマが咲いているお花畑を通過する。ザイテングラードは大きな石がゴロゴロしているが、おおむね整備されており、道しるべのペンキもはっきりしており、それに従って歩くので思ったよりも歩きやすい。 
 8時、穂高岳山荘の広いテラスに到着。ここから1時間あまりで、奥穂高岳の頂上だ。残念ながら、頂上は雲の中である。30分ほど時間調整をする天候が回復する兆しがないために出発する。いきなり鎖、ハシゴの連続である。新聞に載っている「奥穂高岳で滑落」の記事はおそらくここで起きているのだろうと考えるとヒヤヒヤする。
 9時、奥穂高岳頂上に到着。なんとなくあっけなく着いてしまう。やはり、雲の中なので何も見えない。360度の眺望を期待していた我々には、ストレスが溜まってしまう。写真を何枚か写し、昼食を取る。
 11時、下山開始。ザイテングラードを一気に下る。
12時、涸沢小屋に到着。名物のソフトクリームを食べる。
 12時30分、テントの撤収後、徳沢園を目指し下山開始。この段階で、我々の山の鉄則である「1日6時間以上のルートは設定しない」の掟を破っていることに誰も気づかずにいた。

 涸沢ヒュッテに「パノラマルート 上高地への近道 5時間 初心者禁止」と看板がかかっている。「けっ、我々は既に甲斐駒も北岳も登っているもんね。もう初心者は卒業、卒業。」と考えながらも、いったいいつまでが初心者なのだろうなどと考えながらも、足はパノラマルートへ進んでいた。 そこに修繕部長の声が、、、「靴底はがれちゃった」。 なんと修繕部長の登山靴のソールがパックリめくれている。 と、気がつくと反対側は既に靴底は無し。 おいおいオジサン、気が付かなかったの? ということでさっそくガムテープでぐるぐる巻きに固定する。 なんか、この先を暗示するようなハプニングだな〜。 気を取りなおして出発。

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 屏風のコルまで地図上では40分である。このことを信じて、歩き始める。「また登るのかよ〜っ」などと喋りながら40分、50分、ついには1時間を経っても屏風のコルに到着しない。結局屏風のコルまで70分もかかってしまう。「う〜むっ、既に30分もロスしているぜ。」初心者はとっくにを卒業しているはずなのに。途中、案内所で聞いたルンゼを2箇所横切り、足場の悪い岩場に設置されたロープを頼りに通過する。重いザックを背負っていると結構、怖かった。

 屏風のコルからは、急降下である。コルにいた頃は快晴だった空が、この頃から怪しくなってくる。なんとなく、遠くでカミナリがなっているような気がする。

 突然「ザーッ」と強い雨脚で降ってくる。樹林帯の中でも、雨はよけられない。それぞれに雨合羽を着て歩き始める。さすが「ゴアテックス」外はびしょびしょ中もムレムレ、おまけにメガネに水滴が着き集中力が無くなる。30分と歩き続けられない。「うぇ〜んっ」と泣きたい心境である。それでも雨は、30分くらいで止んだ。それからも樹林帯の中をひたすら下る。時間は、既に5時を指している。「遭難」の2文字が頭を横切る。それでも道しるべのペンキはしっかりとしており、なんとなく安心する。ようやく梓川の向こうに徳沢園の屋根が見えた。「でもあと1時間以上はかかるぜ。」

 その後、急降下を繰り返し、ようやく奥又白谷の護岸工事がされたところに出る。人工の物が見えて「ほっ」とする。この頃から、各人に余裕が出てきたのか、「新村橋が流されていたらどーする」などの冗談も出るようになる。
 その「新村橋」のたもとについた時には、ホントに「ほっ」とした。
 つらいつらい、下りが終わりようやく今晩のキャンプ地である徳沢園に着いたのは、午後6時30分を回っていた。そこでテントを設営する前にすかさずビールをグビッグビッと飲んで、体が芯から凍えた「山オヤジ登山隊」であった。

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[ 後 日 談 ]
 山から帰り、ふと我が家の書籍棚を見ると「週刊 日本百名山 穂高岳」があった。
「そうだ、そう言えば、今年の夏に行く予定なので買ったんだった。」
 それをパラパラとめくっていると、奥穂高岳のシュミレーション・マップ(丸と四角で標高差と水平距離を表している地図)を見つけた。そこには、涸沢ヒュッテの標高も正確に掲載されており「登山前にコピーして持っていけば良かった」と思われるほどの情報が書かれている。(我々は涸沢ヒュッテが標高2500メートル付近だと思っていた。実際には標高2300メートル)我々が歩いたルートを調べると、なっなんと、あのパノラマルートは、丸と四角でゴチャゴチャに埋まっているではないか。この地図が示すところによると、涸沢ヒュッテから徳沢園までのパノラマルートは、34ポイント(8ポイントで1時間)である。ちなみに本谷橋、横尾経由の徳沢園も34ポイントであった。
「げげげっ、同じ行程だったのだ....。」こちらを歩いていれば、「横尾で雨をやり過ごすことが出来たかもしれない。」歩くのがつらければ「横尾でキャンプ」と言う手段もあった。やはり大切なのは「事前準備の大切さ」と「山での現場対応はいかがな物か」と考えさせられる今回の奥穂高岳山行であった。

 まあ、色々考えさせられることがあったにせよ、また「ヒュッテのテラスで逢いましょう」