八ヶ岳 赤岳

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行けたら行きますか? 赤岳。

minoto_web.jpg (143102 バイト)工程サマリー(6月9日 2001年実施) 天気 曇り時々晴れ。

倶楽部ハウス出発 6:40→赤岳山荘駐車場 7:30→美濃戸小屋出発 7:40→(南沢経由)→行者小屋到着 9:30→(休憩20分)→行者小屋出発 9:50→赤岳山頂11:30→(昼食・休憩)→(地蔵尾根経由)→行者小屋 1:30→(南沢経由)→美濃戸山荘着 3:30

 

主宰が忙しくて、なかなか山行ができず一部の部員には、「低山病」が発生し著しく日常生活、社会生活に支障がでるほどになっていた。 主宰の「週末、山行き」の誘いに後先を考えずに応募したのは、いつもの「雷登山隊(英名Thunder Climber Mountain Club、命名由来は、川苔山登山記録参照。)」のメンバーであった。 amida2_web.jpg (95238 バイト)

 

金曜日の夜に八王子駅に集合し、一路中央高速をひた走る。梅雨に入ったせいか、いつもの渋滞もなく、11時半ごろ秘密基地に到着。 移動中は、もっぱら主宰の欧州漫遊記で盛り上がり、この時点でも明日の活動方針(どこに行って、どこに登るか)も決定していなかった。 各自くつろぎながら、好きなことをいい始める。

 

minoto1.jpg (156756 バイト)日向山、瑞垣山、茅が岳、金峰山、天女山、赤岳、黒戸尾根、鳳凰三山等々、、、、 議論は尽きず、我々のバイブル昭文社5万分の1の地図から「ヤマケイJoy」さらには「週間日本百名山」まで持ち出しての大騒ぎ。(夜中の0時は、とっくに回っていました。) それぞれの意見を集約すると、こんなことのなりました。 しばらくぶりなので、過酷なのはイヤ。 あまり遅くなりたくない。ゆっくり温泉に浸かりたい。 宴会も充実させたい。 でも、充実感、達成感は味わいたい。 所詮、無理な注文なのです。そこで、考えられたのは、なるべく車で頂上付近まで行けて、誰もが知っている山。それも高ければ高いほどよい。 この、条件で再度、検索が始まりました。koya.jpg (139143 バイト)

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この検索でヒットしたのが、赤岳でした。しかし、ある雑誌によれば、美濃戸口までしか車の乗り入れができないことになっていて、この工程だと我々の貧脚では、日帰りはとても無理そうなのです。しかし、ある雑誌によれば、美濃戸山荘まで大丈夫という情報もあり、結局結論がでなかったのです。 そこで、登山当日の朝に電話で確認し、美濃戸山荘まで車が入れたら、赤岳。入れなったら、天女山から無理のないところまで行って帰ってこようという実に大まかな決定をして夜会はお開きになりました。

 

そして、当日。主宰の時差ボケと深酒のせいで、全員早朝5時半に起床。早速、山小屋に電話。美濃戸山荘ではなくamida.jpg (203871 バイト)bunzaburo1.jpg (132977 バイト)赤岳山荘まで乗り入れ可を確認。こうなると、各自の行動は俄然早い。朝から、昨晩に炊いてあったご飯と永谷園の「あさげ」それに納豆まで食して出発。 車を快調に飛ばして、問題の美濃戸口に到着。そこには、話と違う看板。「一般車の乗り入れ禁止」なる文字。また、その道の入り口が本当に『私道』っぽく、未舗装。周りには登山者らしき人々がたむろして、我々の行動を監視している(ふう)。 えーい。とハンドルを切って「進入禁止」(と思われる)道に侵入。未舗装なので、飛ばすわけにもいかず、じっと振動に身を任せる。 捕まったら、罰金かな。戻れと言われるかな。だんだん、車内の雰囲気も沈aka1_web.jpg (112380 バイト)む。 ほぼ30分ぐらい走ると、山小屋に到着。

なんとそこには、駐車料金一日千円の文字。 ふー。やっと、着いた。そして、正確に言えば、この時点で我々の山行が決定したのです。 そそくさと駐車料金を払い、一目散に登山開始。aka2_web.jpg (64316 バイト)

 

後は、上の工程サマリーを見てください。 登って来た山を回顧するのは、登山者に許された至福の時です。登山が終わって、帰りの車中での会話。 「結構、キツカッタよな。だって、ほぼ3000mamida3.jpg (99565 バイト)だもんな。」 「本格登山を達成した感じ。」 「とても、当日の朝までどこ行こうかって登る山では、ないですね。」 「それと、我々登山計画書も出していなし、、、、、、。」

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翌日、帰宅後この話を家族のものしたときの話。 ホテルオークラの何代か前の社長は、この赤岳が好きで自分のものとして登りたかったそうです。そこで、赤岳一体を購入し、登山道をお作りになった。現在ある登山道はこのときのものだそうです。その御仁、九十数歳の誕生日にお連れを伴って、その整備された登山道を使い、山頂に向かったそうです。 その途中、「わしは、頂上で『豆腐』が食べたい。」と申された。当時は、ヘリコプターもクロネコヤマトのクール宅急便もありません。なんと、豆腐職人を連れて、なべ釜も持ってあの赤岳にその老人は、登ったのでありました。 これは、実話です、本当にすごい人がいるものですね。現在、その御仁の名前が文三郎であるか調査継続中です。 aka_hana_web.jpg (246786 バイト)

 

あー、それでか。山頂小屋で『豆腐』売っていたのは。(うそです。) お後がよろしいようで。 

 

 

 

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