|
|
|
今年もやります 白州町「田楽塾」<七賢・日本酒オーナーコース> 2003年 2003年5月10日 田植え (参加者:雷神登山隊の2名+夜の宴会だけシステム部) 七賢の駐車場に集合時間より若干早く着くとあまりの参加者の多さにびっくりさせられてしまう。想像を絶する程の盛況ぶりである。受付の横には、昨年参加者の自作ラベルの投票結果が展示されている。もし展示されているラベルが全てだとすれば、あまり出展する人は多くなさそうである。これならば、ちょっとひねったラベルを作成すれば入賞も可能な気がする。今年は更に「案山子コンテスト」も行う予定だそうだ。 受付を済ませ、「社長」「小沢さん」の話を聞く、昨年からの要領を得ている我々は、すかさず、田んぼの奥へと急ぎ、良い場所をキープする。 参加者があまりに多い為に、田んぼに入る事が出来ない人が大勢いる。最初に入れたのは全体の2/3程であろうか。昨年の守備範囲から比べると半分くらいの広さである。隣の人と肩がぶつかるほどの距離である。最初に取った稲を植え終わると、後ろで待つカップルに交代して、畦道へ引き返し、全ての稲の田植えが終わるのをボーッと待つ。一時間位で、全ての稲を植え終わる。去年は足りないくらいであった稲だが今年は、結構余っていた。 最初の計画では、田植えが終わったら急いで登山口へ向かい、途中どこかのコンビニで「おにぎり」を購入し、昼食とするつもりであった。しかし、厚顔な我々は、七賢のお弁当をもらうことに予定を変更し、すかさず七賢に引き返す。(「豚汁」も水筒に入れてもらおうかも考えた)そこで冷えた「七賢カップ」「おにぎり」をもらい、「茅が岳」の登山口である深田記念公園へ走る。労働の後で飲む、冷えた「七賢カップ」は絶品であるが、「豚汁」「お新香」「飲み放題の利き酒」共々、今回はパスだ。(参加人数を確認されたとき、3人と答えれば「七賢カップ」を主宰の分も含めて3つもらえたのに、う〜むっ、残念。) 披露宴帰りの主宰を6時に日野春駅まで迎えに行かなければならないので、速攻で「茅が岳」にリベンジしなければならない。ガイドブックでは、往復4時間30分となっている。これから登って間に合うだろうか。車中で「おにぎり」をむさぼるように食べ、深田記念公園に着く。(続きの山行記録はこちら) システム部の日記: 16:03八王子発の「かいじ113号」(だったと思う)にぎりぎりで飛び乗りほっとする。 いとこの結婚披露食事会が八王子京王プラザホテルで10分前に終わった。 今日の田植えとかち合ってしまったが、数少ない独身いとこの祝宴であるから欠席するわけにはいかない。 でも田植えの後の宴会はやりたい。 温泉も入りたい。 そこで宴会後に小屋に向かうことにしたのだ。 しかし、最近の披露パーティは変った。これが最近の若者たちのやり方だろうか? 今日の食事会は家族や親戚のみの内輪のイベントであった。両家で総勢40名ほどでこじんまりと和やかにできそうだった。12時に集まり、親族紹介、記念撮影と順調に進み、食事会の受付が始まった。受付はご両親。 会が始まると、司会は「花嫁の父」。 普通、花嫁の父は寂しさでなんとなく静かなものだが、ものすごい軽快に司会進行。聞けば話し方教室の先生と言う。これははじめての体験。 1時に簡単な親族の祝辞と乾杯とともに宴会が始まった。すぐ、踊りの披露(不肖、私の母)、アンコールをもらってご機嫌で踊り続ける。 終わったと思えば、新婦側から「詩吟」のおばさん。 飲んでいい気分になった従姉(女)がその前で踊り始める。いわゆる、居酒屋の宴会で酔ったおじさんがネクタイのハチマキで踊るようなあのくねくね踊り。 これで火がついてしまった。 この女ずっと会場内を踊り歩き続けた。 カラオケ大会になった。 そろそろ結婚披露宴というより、八王子 三崎町(ローカルですみません)の飲み屋の宴会みたいになってきた。 この調子で3時間。 宴会もお開きになったら4時間際ではないか! 急いで駅に向かう。 歩いて1分の近さでよかった。 土曜日の夕方に甲府方面の電車に乗る人は少ない。 ゆったりとすわり、外を眺めていたら寝てしまった。 気がつくと石和温泉駅で次は終点。 甲府で普通列車を待って 18:00に日野春で待つ、雷神隊に拾ってもらう算段だ。 電車からまだ明るい夕日をバックに南アルプスを眺めているといい気分。 たまには電車もいいものだ。 程なくして日野春到着。 さあ宴会だ。
|